
もっと猟奇寄りの医療サスペンスかと思いきや、ふたを開ければかなり抑えたトーンの倫理ドラマだった『廃用身』。ただ、Aケア、介護虐待、報道による断罪…と、ここまでしんどい展開を見せるのに、カタルシスはほぼなし。丁寧な声掛けでも、目の奥がまったく笑っていない染谷将太はハマり役(・ω・)
作品データ
【製作年度】2026年
【製作国】日本
【上映時間】125分
【監督】吉田光希
【キャスト】染谷将太、北村有起哉 ほか
あらすじ
麻痺などで動かなくなった手足を切断する「Aケア」を始めた医師・漆原。患者を救うはずの処置は、やがて大きな波紋を呼び、彼自身をも追い詰めていくー。
年齢制限は?
PG12なので、12歳以下の方は保護者同伴が望ましいとされます。
どこで見れる?
5月15日(金)より劇場公開中
(※鑑賞時にご確認ください)
レビュー・考察【ネタバレあり】
1、”廃用身”とは?医学用語?
タイトルにもなっている「廃用身」という聞きなれない言葉。
いかにも医学用語っぽい響きですが、一般的に広く使われている正式な医学用語というより、本作の中で重要な意味を持つ言葉として登場します。
劇中では、病気や麻痺によって動かなくなり、回復の見込みもない手足のことを「廃用身」と呼んでいます。
また、原作者の久坂部羊さんは医師でもあり、実際に麻痺を抱える患者から「動かない手足がなければ楽なのに」という趣旨の声を聞いたことが、本作を書くきっかけになったようです。
Filmarksではサスペンスに分類されていますが、実際に観た印象としては、事件性で引っ張るサスペンスというより、Aケアの是非を静かに問いかける医療ドラマに近い作品でした。
ざっくりあらすじ
染谷将太演じる医師・漆原は、高齢の患者たちと向き合う中で、麻痺などにより動かなくなった手足を切断する「Aケア」という処置を考案。
患者は、動かず冷たくなった手足からの解放。また家族からしても、介護しやすくなるという利点も。もちろん、患者本人や家族に丁寧に説明し、同意を得たうえで処置を進めていきます。
しかし、やがてAケアの存在は内部告発によって明るみに。世間やマスコミは漆原を異常な医師として報じ、彼は一気に追い詰められていく…。
正直私は、染谷演じる医師が名誉のために常軌を逸していく話なのかと思っていたのですが、医療倫理を問いかける、静かで鬱なシリアスドラマでした。
2、Aケアは、救いか地獄か
虐待される老人が示す現実
本作で最初に見せられる「Aケア」の例は、家族に虐待されている岩上という老人。
粗相をしてしまい、実の息子によって家の池へ投げ込まれ、ゴルフクラブで押さえつけられるように洗われる。
医師たちも家で何が起きているのかを察しますが、それでも彼は、家族から受けている暴力を訴えようとはしません。ここがまたしんどいです…。
そんな中で漆原が提示するのが、動かなくなった手足を切断する「Aケア」。
彼の場合、Aケアによって本人の身体は軽くなり、介護する家族の負担(虐待)も減る。
だからこそ、この一例には説得力があります。Aケアは恐ろしい処置でありながら、確かな“救い”にもなる…と、思われていました。
救済が復讐へと変わる皮肉
Aケアを受けた岩上は、身軽になったことで性格まで明るくなっていきます。その姿を見た他の患者たちも、「自分もAケアを受けたい」と望むようになる。
漆原の中でも、「これは必要な治療だ」という確信が強まっていきます。
しかし、身軽になった岩上は、自分を邪険にしてきた息子と妻に復讐し、殺害してしまう。そして最終的には、なんと自ら命を絶つことに。
これはあまりにも皮肉な展開でした…。Aケアによって岩上は身軽さを得た。けれどその身軽さは、生き直すためではなく、復讐を果たすために使われてしまったのです。
Aケアは本当に救いだったのか。それとも、ただ抑え込まれていた怒りや憎しみを解放してしまっただけなのかーー。
漆原は決して、患者に無理やりAケアを勧めていたわけではない…。だからこそ本作は、彼を完全な悪人と言い切れないところに、やるせなさがあるのです。
3、漆原は悪人だったのか
どんな患者に対しても、落ち着いた声でいつも丁寧に説明していた漆原。
ただ、平等であると同時にどこか事務的で、心の奥までは見せない絶妙な温度感は、まさに染谷将太のハマり役。
彼の“善意なのか、支配なのか分からない不気味さ”は、Aケアそのものよりも怖さがにじんでいるようにも思えました…。
内部告発にも気付けない鈍さ
また漆原の怖さは、患者を理解しているようでいて、実は身近な人間の気持ちに気づいていないところにもあります。
Aケアが明るみに出るきっかけは内部告発でしたが、おそらく告発したのは、漆原と一緒に患者の元へ赴いていた若い看護師。
彼女は劇中でAケアに反対する態度を見せていたのに、肝心の漆原本人は、誰が告発したのか見当もつかない様子でした。
ここに、彼の致命的な鈍さが表れていたように思います。
患者の苦しみや、家族の介護負担も理解しているつもりでも、すぐそばにいた看護師の違和感や拒絶には気づけないー。
そう考えると、本当に患者の心を見ていたのか、それとも自分が見たい反応だけを見ていたのか…。
漆原は、残酷な医師というより、自分の善意を疑えなくなっていた医師だったのでは。その鈍さこそが、Aケアを危ういものにしていたのではないでしょうか。
4、しんどいのにカタルシスなし
本人も忘れていた残虐性
漆原は同級生の証言によって、子どもの頃に蝶の羽をむしっていた過去を”知り”ます。本人も忘れていたらしいその記憶は、彼にとってかなり大きな衝撃だったよう。
患者のためだと思っていたAケアも、実は自分の中に眠る加虐性の表れだったのではないか。弱いものを救うふりをして、壊すことに喜びを覚えていたのではないか。
そう考え始めたからこそ、漆原は妻に「知らないうちに君を傷つけて、それを喜んでいなかったか」と確認しました。
この夫婦のやり取りは、本作の中でも数少ない、漆原の内面が見える重要な場面。
妻は「あなたは優しい人よ」と返しますが、漆原はすでに自分自身を信じられなくなっており、ここから一気に病んでいきます。
葛藤がほぼ描かれない
本作は、高齢者介護の現実、家族による虐待、患者本人の苦しみ、医師の倫理、そして世間からの断罪。扱っているものがとにかく重いです。
にもかかわらず、物語としてのカタルシスはほぼ描かれていません。
Aケアが明るみに出たことで、本来ならここから漆原がどう反論し、何を守ろうとするのかー。物語としては、かなり大きな山場になるところだと思うんですよね。
ですが、彼が何と対峙していたのか、どこまで自分の行為を正しいと思っていたのか、その心の内はほぼ語られないのです。
記者に、「自身が提案することに、患者がほぼイエスということに対しての快感がある」というようなことは言っていましたが、報道後の漆原はひたすら追い詰められ、病んでいくように見えます。
もちろん、世間から完全な悪として断罪され、逃げ場を失っていく恐怖は伝わるのですがー。
自身の頭部が「廃用身」
そうして、自分の思考や欲望そのものを切除すべきものと見なした漆原は、自分の頭部、つまり脳を「廃用身」とし、線路で自害。
ただやっぱり、蝶のエピソードだけでそこまで崩れていくには、”弱い”と思うんですよね。
彼が自分の人生や医師としての信念をすべて否定するには、もう一段階、決定的な真実が欲しかった。
自ら命を絶つに至るまでの葛藤のドラマが少ないため、衝撃よりも「もうそこまで行ってしまうのか」という物足りなさが残ったのも事実。
5、ラストに残された小さな光
ただ、本作は完全な絶望だけで終わるわけではありません。寝たきりの夫と意思疎通を図りたいと願い、Aケアを選んだ妻のエピソードがあります。
彼女は夫に変化が見られないと「こんなことをするんじゃなかった」と後悔を口にしますが、終盤、洗濯物を干す彼女の背後で、夫が何か声を発したような気配が描かれます。
声ははっきり聞こえません。けれど、妻が「あれ?」と反応することで、夫に何らかの変化が起きたのかもしれないと思わせる余韻が。
悲劇ばかりが目立つAケアの中に、ほんのわずかでも救いの可能性を残したラスト。だからこそ本作は、Aケアを単純な悪とも、完全な救いとも断じきれない作品になっていました。
心の崩壊描写にはやや駆け足な印象もありましたが、それでも「廃用身」という題材そのもののインパクトはかなり強く、こんな切り口の作品はこれまでに見たことがありません。
しんどいシーンも多いですが、見た後の方がむしろじわじわ来るような、見て決して損はない1本です。
漆原の妻を演じた滝内公美が出演。
Aケアのオペをした医師が主人公で出演。


