
戦地から四肢を失って帰還した夫・久蔵と、その世話を背負う妻・シゲ子の地獄を描いた問題作。ただ、実際に見てみると、想像以上に過激!というより、むしろ淡々とした異様さが残る作品でもありました。久蔵は英雄か怪物か、ラストの意味、BC級戦犯、手足のない姿の撮影方法までネタバレありで考察します。
作品データ
【製作年度】2010年
【製作国】日本
【上映時間】84分
【監督】若松孝二
【キャスト】寺島しのぶ
大西信満 ほか
あらすじ
第2次世界大戦中の日本。シゲ子の夫・久蔵にも赤紙が届き、勇ましく戦場へと向かったが、戦争から戻った久蔵の顔は無残にも焼けただれ、四肢を失っていた。村中から奇異の目で見られながらも、多くの勲章を得た久蔵は「生ける軍神」として崇められ、シゲ子は戸惑いながらも久蔵の尽きることのない食欲と性欲を埋めていく。(映画.comより)
年齢制限は?
R15指定なので、15歳以下の方は鑑賞できません。
どこで見れる?
レビュー・考察【ネタバレあり】
1、設定ほどグロ描写はない
戦地から四肢を失った夫が帰還し、妻がその世話をするという、かなりセンセーショナルな題材を扱った本作。
戦場の悲劇でも、帰還兵の再生でもなく、“生きて帰ってきたこと”そのものが家庭を壊していく。この切り口の戦争映画は、かなり珍しいです。
またあらすじだけ聞くと、とんでもなく精神的にえぐられる作品を想像してしまいますが、実際に見ると、意外にも?描写そのものはかなり抑えめ。
もちろん久蔵の姿には衝撃があるものの、冒頭からすでに四肢がない状態から描かれるため、いわゆる血を伴うようなグロシーンもありません。
食事や性、介護の生々しさも描かれますが、物語はわりと淡々と進んでいきます。
むしろ、本編を見ていない人の方が「あらすじ」だけで恐ろしい映画だと思い込んでしまうかもしれません。
江戸川乱歩の『芋虫』がモチーフになっているようです。
2、シゲ子の地獄の日々の始まり

四肢が無く、耳もろくに聞こえずまともにしゃべることすらできない久蔵。
久蔵の実の父親でさえ「こんな姿で帰されたって…これで生きてるって言えるのか-。シゲ子さん(面倒を看てくれる人)がいて良かったよ…」と、思わずその本音が漏れてしまうほどの凄惨さ。
村の者たちも内心は妻のシゲ子に同情しているはずですが、「ウチなんて骨になって戻って来たっていうのに、生きて帰って来れるだなんてすごいことだよぉ~」などと言い、久蔵を”軍神さま”と崇める。
そして肉の塊と化した久蔵ですが、食欲、性欲だけは旺盛。
自分の食事まで欲しがる夫にそれを与え、求められれば全ての要求に応じる…シゲ子の地獄の日々が始まる。
復讐劇にならない理由
シゲ子は、最初から久蔵を受け入れられたわけではありません。
変わり果てた夫の姿を見て1度は逃げ出し、弟に連れ戻されたあとも、「こんな姿で生きていると言えるの…!」と首を絞めようとする…けれど、やはりできない。
さらに久蔵が苦しそうに何かを訴えていたのが、実際は排泄の訴えだったと分かり、シゲ子はふっと笑います。
その直後、久蔵が求めた勲章を目の前に置くと、彼は涙を流し、シゲ子も泣く…。ここでシゲ子の中にあった嫌悪や恐怖が、ほんの少しだけ「目の前にいる夫を世話するしかない」という現実へ変わったように見えました。
以前から加害者だった男
出征前、実は毎晩久蔵から「子供も産めないなんて、この役立たずが!」と、暴力を振るわれていたシゲ子。
それでも、甲斐甲斐しく久蔵の面倒をみる彼女には、妻としての義務、村からの視線、嫌悪、哀れみ、そして情があったようにも…。
「私を殴りたいでしょ!」という場面で、ついに立場逆転かと思ってしまったのですが、シゲ子は簡単に加害者にもなれない…。分かりやすい復讐劇には進みません。
だからこそ、時代の閉塞感がにじんでいるように感じるんですよね。
※ここから先はネタバレありで語ります。
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3、久蔵は英雄か怪物か

実は、戦地で女性を暴行し、虐殺していた久蔵ですが、彼のバックボーンというものはほぼ描かれていません。
ただ、シゲ子を毎晩殴っていたことからも、久蔵が戦争によって突然“怪物”になってしまったようには思えず。
もともと家庭内で加害者だった男が、戦争によってさらに暴力の場へ送り込まれた物語に見えます。
だからこそ久蔵には、単純に同情しきれない居心地の悪さがあるんですよね…。彼は戦争の被害者でありながら、シゲ子や戦地で傷つけた女性にとっては、加害者でもあるという。
軍神という虚像
「生ける軍神」として祀り上げらた久蔵。新聞には勇ましい言葉が並び、勲章は彼が国のために戦った証のように扱われる。
けれど家の中にいる久蔵は、食べる、寝る、求める…という欲望だけが残された存在に。彼が新聞の切り抜きや勲章を見つめ続けるのは、自分がまだ生きていていい理由を、そこにしか見出せないからなのかもしれません。
しかし、戦地での暴行の記憶がよみがえると、“軍神”という物語は崩れ始めます。英雄として飾られた久蔵は自らの罪に苛まれるようになり、シゲ子との行為も出来なくなってきます。
4、久蔵はなぜ死んだのか
夫婦が壊れる夜
ラスト、シゲ子と久蔵が最も感情をぶつけ合うシーン。
「…なんでそんな姿で帰ってきたのよ!」と怒りながら、かつて毎晩自分を求めてきた久蔵に迫るシゲ子。
しかし、すでに戦地での暴行の記憶に苛まれている久蔵は、泣いて拒絶します。そこでシゲ子は、毎晩殴られていた過去を久蔵に突きつけ、泣きながら彼を殴る。
ここで初めて、夫婦の間にあった暴力、性、介護、憎しみ、哀れみが一気に噴き出します。
けれどシゲ子は、そのまま久蔵を憎み切ることもできません。直後には「2人で生きていこう」と抱きしめ、食べて寝て、それだけでいい…とすがるように語りかけます。
しかし久蔵はフラッシュバックに耐えられず、のたうち回る。そこでシゲ子が泣き笑いのように歌う「芋虫ごろごろ、軍神様ごろごろ…」は、わらべうたの替え歌のようでありながら、あまりにも残酷。
軍神として祀り上げられた男が、家の中では芋虫のようにただ転がることしかできない……その滑稽さと悲惨さが、この歌に凝縮されています。
逃げであり、罰でもある
そして終戦後、久蔵は、自ら田んぼへ這い出し、命を絶ちます。この死は、生き地獄からの「逃げ」であると同時に、自分の罪から逃れられなくなった末の「罰」。
勲章や新聞記事にすがることでかろうじて自分を保っていた彼の中で、“軍神”という虚像が崩れ、いよいよ”限界”が来た。
彼の死は美しい解放ではなく、英雄として飾られた男が、自分の中の罪に押し潰されていった結末なのです。
「BC級戦犯」とは?
久蔵の死後、本作は「BC級戦犯」という言葉を出し、物語を一気に戦争全体へと広げます。
BC級戦犯とは、第二次世界大戦後、捕虜虐待や民間人殺害などの戦争犯罪で裁かれた人々のことなんだそう。
ここで重要なのは、久蔵もまた戦争の被害者でありながら、戦地では加害者でもあったという点。本作は、彼を単なる「かわいそうな帰還兵」として終わらせません。
戦争は兵士を“お国のため”に動かし、時に加害の側へ立たせるー。そして敗戦後には、その罪が個人の責任として突きつけられる…。
ラストのテロップは、久蔵の物語をそうした戦争の構造へ結びつけているように感じます。
『キャタピラー』が残酷なのは、戦争を美しい犠牲として描かず、その後に残される身体、罪、生活、そして責任まで見せようとしているところなのです。
元ちとせの「死んだ女の子」という、自らが亡くなった視点で作られた歌がもう、メロディも詞も怖すぎる…。エンディングで流れ始めたとたん、映画の内容が吹き飛ぶくらい悪寒に包まれました…。
久蔵の手足はどうやって撮影した?

久蔵の“四肢を失った姿”ですが、一体どうやって撮影したのだろう?と気になり調べてみたら、全編CGで作られたものではないようです。
若松監督曰く、久蔵の手足がないシーンについて「CGは最後の3カットのみ」なんだとか。それ以外は床を掘ったり、演じた大西信満を無理な体勢でしばったりするなど、かなりアナログな方法で撮影されたと明かしています(かなりキツそう…)
つまり、あの生々しさはCG頼みではなく、俳優本人の身体を使った過酷な体勢、カメラの角度、特殊メイクなどを組み合わせたものだったんですね!
大西信満自身も、不自由だからこそ演技にリアリティを持たせられたと語っており、久蔵の異様な存在感は、撮影の工夫と俳優の身体表現によって生まれていたことが分かります。
彼が本作の数年後に真木よう子と共演した『さよなら渓谷』は、この年の年間ベスト3に入るほど好きな作品。
こちらもなかなかの問題作で、ヘビーな役どころが多い俳優さんですが、近年はどちらかと言うと脇役で出ている感じでしょうか。『さよなら渓谷』は以下でレビューしてます↓
”軍神さま”こと大西信満と、真木よう子共演。ある夫婦に秘められた真実とは…。
「え、あの女優も脱いでたの…!?」な意外な作品も。
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