映画【敵】真実がどうよりも独特で不思議な世界観がハマるかどうか…【ネタバレ】

敵

規則正しい生活を送るひとり暮らしの老人のもとに『敵がやって来る』という不穏なメールが届く…。アート風の装いを醸しながらも、どこか珍作の匂いを嗅ぎつけた私のアンテナが全力で反応し、公開初日に鑑賞。場内はほぼ満席という大盛況。…いや〜、わかったような気もするし、やっぱり全然わかっていない気も…(・ω・)ちなみに隣の席のおじいちゃんは、上映開始10分でご入眠。

作品データ

【製作年度】2025年
【製作国】日本
【上映時間】108分
【監督】吉田大八
【キャスト】長塚京三、瀧内公美
    河合優実 ほか
【鑑賞方法】劇場公開中
(鑑賞時にご確認ください)

あらすじ

77歳の元大学教授、渡辺儀助。妻に先立たれた彼は、独りで古い日本家屋に住み、丁寧で規則正しい毎日を送っていた。しかしある日、パソコンの画面に“敵がやって来る”と不穏なメッセージが表示される。(allcinemaより)

年齢制限は?

年齢制限はないので、どなたもご覧になれます。

レビュー ( 2025・01・17 )

1、はじまりは“演出された日常”から?

敵
食後には豆を挽く、まさに丁寧な暮らし。
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

前半は高齢男性のルーティン動画

これまでに私が鑑賞した吉田大八監督の作品で言えば『パーマネント野ばら』と『紙の月』はそこそこ楽しめたのですが『クヒオ大佐』『桐島、部活やめるってよ』『騙し絵の牙』はハマらず…苦笑。

どちらかというとエンタメ系の監督だと思っていたので、本作のような文学的な作品を撮るって珍しいですよね?

モノクロ映画というのは鑑賞日に知ったのですが、なんと演者たちにもモノクロ映画ということは知らされておらず、主演の長塚京三でさえも撮影中になんとなく勘付いたんだとか…笑。

まず、冒頭30分ほどは長塚京三の『PERFECT DAYS』と言わんばかりに、元大学教授である儀助のルーティンが描かれます。

朝ごはんも手を抜かず、焼き鮭やハムエッグなどメニューを変えるというこだわり。他には、ゆで卵などをトッピングした本格冷麺に韓国キムチを添えたり、串打ちをして自ら焼くやきとりなど、モノクロでもしっかりと伝わってくる美味しさ。

もはや飯テロパートで、ここだけのショートムービーだとしてもレベルは相当高いです

でも、どこかで違和感も…。

モノクロ映像の美しさ、光の当て方、家具やキッチンの整いすぎた配置…まるで「理想の老人の暮らし」を意図的に構築しているようにも感じてしまうのです。

それはまるで、現実そのものというより、”誰かが頭の中で思い描いた“理想の日常”のよう。

そう考えると、映画が始まった瞬間から私たちはすでに現実と妄想の狭間に足を踏み入れていたのかもしれません…。

また、講演や連載などで細々と稼ぐ日々ですが、残った預貯金で、自身が後どれだけ生活できるかを計算するというちょっと変わった趣味もある儀助。

たまに知人と酒を酌み交わし、元教え子の数人とは現在も交流があるほど慕われている。なかでも、淡い恋心を抱いているかのような靖子との危うい関係も描かれるのですが…。

長塚京三は現在79歳!

主人公は77歳の設定だったんですね?長塚京三っていくつなの?と調べたら現在…79歳!?身長181㎝だそうですが、腰もまったく曲がっておらず所作もスマートすぎて、老人と呼ぶには違和感ありまくり…。モノクロ映像マジックもあったのでしょうか(・ω・)

2、「メール」は、開いた妄想の扉か

敵
イタズラメールと流す儀助だが…
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

「敵がやって来る』メール

そしてようやく!メールが届くのは、開始から40分?ほど経ってから。

この唐突すぎる“予告状”のようなメッセージをきっかけに、儀助の静かな日常は、じわじわと不穏なものへと変化していきます。

また「すぐそこに来ている。逃げる準備はできているか…?」「敵はもう上陸した」だのメールは数回届き、確実にソレが近づいて来ている様子…。

そして最初は「心のざわつき」程度だったのが、近所でトラブルが起きるようになり、挙句の果てには、儀介が襲撃を受けるようなシーンにまで発展していく―。

本当にメールは届いたのか…

この「敵がやってくる」メール、本当に届いたのでしょうか―?

文面も、妙に文学的というか現実感が薄い。そして何より、このメール以降の出来事が、どんどん現実離れしていくんですよね。悪夢でもみているかのように…。

もしかしてこれは―
儀助自身が心のどこかで抱えていた“何か”が、メールという形で可視化されたのでは?

そう思えてくると、「敵がやってくる」という言葉も、誰かからの警告というよりは、“心の内側”から聞こえてきた声のようにも思えてきます。

メールが届き始めてから、儀助が体験する数々の異常な出来事―ここから“悪夢のラインナップ”が始まります。

悪夢のラインナップ
  • 棒読みナースのおかしな大腸検査では、あそこからヘビ?が出てくる。
  • 靖子とのみだらな妄想。いよいよ関係を持つのか(!?)という矢先、彼女の清楚白パンティのドアップ…からの夢オチ。
  • 友人のお見舞いに行くと、病床で『…敵がくる!早く逃げて…!』とすごい形相の友人。
  • 自宅に、顔が真っ黒なゾンビ?が集団で押し寄せてくる!(このシーンはパターン違いで数度出てくるのですが、めちゃくちゃ怖い

メールのくだりまでは、一体何を見せてくれるのだろう(!?)と私もワックワク。

モノクロ映像もなんとも言えない味わいで、不思議で独特な世界観黒沢清デヴィッド・リンチっぽくもあり、とても好きな雰囲気でした。

敵
昭和のアイドルのような風貌の河合優実
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

今をときめく河合優実は、儀助の行きつけのバーのオーナーの姪っ子役で登場。登場シーンは少ないものの、自然でキュートな魅力が存在感を発揮。

彼女と徐々に親しくなり、大学の授業料を工面してやる儀助(ただしその具体的なシーンは出てこない)。しかしそれからバーは閉店し、彼女とも連絡が取れなくなってしまう。

果たして儀助は騙されたのか、それともこれも”夢”か”妄想”か―。

そもそも「敵」とは、誰なのか?

このあたりから、映画は“何が現実なのか”という線引きがかなり曖昧になっていきます。

そう考えると、「敵が来る」というメッセージ自体が、儀助が人生の終盤で向き合わなければならなかった「老い」や「孤独」、あるいは「過去の後悔」といった内面的なものの象徴だった…そんなふうにも読めるのです。

3、夢?それとも“罪の意識”?

敵
亡くなった妻も現れ食事をともに…
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

過去の人々が現れる、不穏な食卓

どんどん現実味を失っていく、儀助の世界。
ある場面では、すでに亡くなった妻・教え子の靖子・仕事関係者の男性と、なぜか鍋を囲むシーンが登場。

このシーン、普通に食事をしているようでいて、空気がどこかおかしいんですよね。

やがて妻が靖子に嫉妬し始め、場は一気に修羅場に。そして驚くことに、靖子が「仕事関係者の男性を殺してしまった」と告白し、儀助とともに遺体を自宅の井戸に隠すという展開へ…。

「これは夢だから大丈夫…」

井戸に遺体を隠したあと、不安そうな表情を浮かべる靖子に対し、儀助はこう語ります。

「大丈夫だよ。これは夢の中の出来事なんだから」

…え、夢って本人が言っちゃうの(・ω・)?

このセリフが出てきた瞬間、「もう現実と妄想の境目なんて、とうに崩れてたんだな…」と妙に納得してしまいました。

儀助はこの時点で、自分が見ている光景が夢であり、同時に“罪悪感”のメタファーでもあることを、うすうす理解していたのかもしれません。

すべては、心の“浄化プロセス”だった?

現実ではないと分かっていても、儀助はそこに登場した“過去の人たち”と向き合い、そして“隠していた罪”を露わにします。

まるで、人生の最終段階における心の整理整頓=浄化のプロセスのようにも思えてきます。

儀助が何に対して負い目を感じていたのかは明言されませんが、「教え子への感情」「妻への後悔」「仕事への苛立ちや自己嫌悪」など、様々な思いが凝縮されて、こんな“夢の中の地獄鍋パーティー”を生み出してしまったのかもしれません。

ここまで来ると、もう「何が現実だったのか?」という問い自体が意味をなさなくなってくるんですよね…。でも、あの「これは夢だから大丈夫」というセリフだけは、妙に真実味があって…怖いんです。

特に顕著だった、靖子に対しての想い

やたら自宅に来訪する靖子。…まぁ実際に家に来たのは最初の1度だけ?なのでしょうが(正直これももう分からない)

しかし、そのときに彼女がソファで寝ていて、終電ギリギリで帰ったのはなんだったの?髪の毛もほどいていたし事後みたいな雰囲気だったんだけど、違うんだよねw?

ちなみに下のカットは、画角含め小津安二郎監督の『東京物語』のようにも。瀧内公美(左)が原節子に見える。狙ってたんでしょうか…。

敵
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

靖子の『私のことを考えて1人でしたの?』に対しての『申し訳ない…』は笑いましたが。これも、彼女への想いに対する罪悪感の表れだったのかもしれませんね(・ω・)

4、気配としての「敵」

敵
この異様な構図が作品の雰囲気に最も近い
((C)1998 筒井康隆/新潮社 (C)2023 TEKINOMIKATA)

彼が見たのは”儀助”だったのか?

結局ラストで儀助は亡くなってしまい、遺された自宅は親戚の男性へ。

儀助の遺品の整理を見ている親戚の男性が、ふと顔を上げた瞬間――明らかに“何か”を見て、驚いたところでエンディング。

一瞬すぎてハッキリとは分からなかったのですが、あれって”儀助の姿”だったんですよね…?

儀助の“霊”的なもの…というよりも、彼が生前に抱えていた「敵」という存在そのもの、つまり内面の闇が形を変えて、まだそこに“残っていた”ようにも思えます。

死後も“気配”として家に残った儀助を、あの男性は無意識に察知してしまったのかもしれません。

観客に「不穏な気配」だけを残したこの終わり方は、シンプルだけどなんだかゾッとしました…。いわゆる“ジャンプスケア”よりも、後を引くような恐怖ですよね。

「敵」は姿を変えて、誰の中にも現れる

儀助にとっての「敵」とは、おそらく“老い”や“過去の後悔”、“罪”、“孤独”…そういった内面的な苦しみだったのだと。

そしてそれらは、特別な人だけが抱えるものではなく―
私たち全員が、心のどこかに持っている“見たくないもの”なのかもしれません。

この映画のラストが私たちに投げかけてくるのは、「儀助の話は終わったけれど、あなたの中にも“敵”はいませんか?」という、問いのようにも感じました。

私の”悪夢のラインナップ”は、どんなストーリーになるのだろう…。

筒井康隆が認知症ではないと明言

儀助の認知症説もあるようですが、筒井康隆本人が『儀助は認知症ではなく、”夢と妄想の人”』と言っているので、認知症ではないようですね。

5、少し残念だった点

不条理スリラーは好きだが…

正直なところ、見る前は「敵」の正体がもう少し実体のある外的な要因だと思ってたんですよね(願望)。

そんな、「恐ろしい何か vs 老人」みたいな構図を楽しみにしていた私からしたら、想像とはかなり違っていました。

それどころか後半では一体、何が”真実”なのかさえ分からなくなってくるので、途中から”敵”のことなんて忘れてましたし…。

主人公がワケの分からない不条理な出来事に巻き込まれていくという意味では、最近だと『ボーはおそれている』『Cloud クラウド』が。

また、自宅に様々な人物が訪れ不穏な出来事が起きる様子は、ダーレン・アロノフスキー監督の『マザー!』がありました。

上記3作は楽しめましたし、『マザー!』に関してはその年のベストになるほど大好きな作品。ただ『敵』に関しては、これらと比べると画的にはちょっと地味な印象ではあります。

モノクロ文学的な作風でブラックユーモアというと、安部公房 × 勅使河原宏コンビの作品なんかでありそうです(ちなみに安部公房原作の『箱男』は途中でリタイアw)

抽象的ながら、評価の高い本作

変な映画好きの私からしてもかなり変わった作品だとは思ったので、一部のマニアからはウケるのかもなぁなんて思っていたら…

フィルマークスは絶賛の嵐

現在Filmarksでは4.0という高評価で、絶賛されている方がとても多いです。そもそも本作の趣旨を分かった上で鑑賞している方が多いのか、私のように”想像と違った”という方が少なそう。

こういう作品が評価されているのは、映画ツウな方が増えているのだろうな!?とちょっと驚きました…。見る前は、自分は絶対にハマる方だと思っていたので、そういう意味では残念でしたが。笑

そもそも筒井康隆ってこんな作風だったっけ?と考えたら…『パプリカ』の原作もそうでしたね。ちなみに『パプリカ』は合いませんでしたw

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