
壁をすり抜けた先に、どこまでも続く謎の異空間。『8番出口』のような“抜け出せない空間”が好きなら、この設定だけでもご褒美です。観終わった直後は「…面白かったけど、なんだったんだ?」状態でしたw ところが振り返ってみると、“犬を描く”という例え、メアリーの幼少期、怪物クラークまで、実はかなり意味が繋がっていた本作を、ネタバレありで考察します。
作品データ
【製作年度】2026年
【製作国】アメリカ
【上映時間】126分
【監督】ケイン・パーソンズ
【キャスト】キウェテル・イジョフォー
レナーテ・レインスヴェ ほか
あらすじ
妻に家を追い出され、自身が経営する家具店で寝泊まりするクラーク。ある夜、地下の壁をすり抜けた先に、どこまでも広がる謎の異空間を発見する。やがて従業員たちと中へ踏み込むが、そこには奇妙に歪んだ部屋と、得体の知れない“何か”が潜んでいた。
年齢制限は?
年齢制限はないので、どなたもご覧になれます。
どこで見れる?
9月4日(金)より劇場公開中。
(※鑑賞時にご確認ください)
※エンドロール後に、約15分のかなり重要な追加映像があります。「ちょっとしたオマケ」レベルではなく、本編の世界観を補足する内容なので見逃し注意。トイレに行きたい場合は、エンドロール中に1度離席して戻ってくるのもアリです(・ω・)ちなみに、現時点では劇場限定扱いの映像で、配信版には入らない可能性もありそうです。
レビュー【ネタバレ・考察】
1、A24では、最年少監督!
本作は元々、ネット掲示板に投稿された不気味な黄色い部屋の画像から始まり、そこへさまざまな設定が加えられて広がったネット怪談なんだそう。
監督のケイン・パーソンズは、この「バックルームズ」を題材にした短編映像を16歳のときにYouTubeへ投稿。これが大きな話題となり、わずか20歳で、A24史上最年少の長編映画監督としてデビュー!
20歳でこれを撮るって奇才すぎるだろ……というより、むしろ20歳だからこそ、この自由な発想が生まれたのかもしれません。
しかも本作、決して「意味不明だから説明しません」という映画でもありません。実は冒頭から重要な会話やヒントはかなり出ていたんですよね……。
ただ、絵が強烈すぎるので、情報が吹っ飛び、観終わった直後は、「めちゃくちゃ面白かった……で、何だったんだこれは…w?」となりました。
2、大人の『おしいれのぼうけん』
主人公のクラークは、モラハラ気質が原因で妻に家を追い出され、自身が経営する大きな家具店で寝泊まりしている。
ただし店には客がほとんど来ない。かなり広い家具店なのに人の気配がなく、この時点ですでにちょっとしたバックルームズ感があります。
そんなある日、クラークは店の電気代が異常に高くなっていることに気づきます。電気屋を呼んでも原因は分からず、ある夜、地下の壁の割れ目から光が差し込んでいるのを発見。
近づいてみると、なんと壁をそのまますり抜けられる……。異世界に行く方法が、決して大げさではないのも面白いところ。
その先に広がっていたのは、ビルの中のような途方もない異空間。床には底が見えないほど深い穴が空いていたり、部屋の一部が斜めに傾いていたり、さらに進めば巨大なプールまで現れます。
日常のすぐ裏側に、本来存在しないはずの“続き”があるというのがもう、たまりません!
『8番出口』や『マルコヴィッチの穴』を連想される方も多いようですが、個人的には子どもの頃に読んだ『おしいれのぼうけん』を思い出しました。
「この壁の向こうには、実はまだ世界が続いてるんじゃないかー」
子どもの頃なら1度は考えそうな妄想を、A24が本気の美術と予算で映像化したような映画なのです。
3、意味不明だけれど、説明はある
人は結局「いつもの道」へ戻る
クラークが通うカウンセラーのメアリーは、「人は同じ考え方や行動を何度も繰り返し、違う場所へ行けると思っても、結局いつもの道へ戻ってしまう」と話します。
これはクラークの生き方そのもの。妻に追い出されても自分を変えられず、他人を遠ざけ、最後には誰もいない家具店で暮らしている。
そして面白いのが、この「同じところをぐるぐる回る」という話が、そのままバックルームズにも重なってくること。
人間は慣れた思考から抜け出せず、バックルームズもまた、見覚えのあるものを繰り返していく。冒頭のカウンセリングで、すでにこの映画のテーマは語られていたんですね。
「犬を描けない」が示すもの
もう1つ重要なのが、クラークが話す「犬を見たことがない人に犬を説明して、それを描かせても、細かいところまでは正しく描けない」という例え。
実はこれが、物語で起きる怪異に表れています。いくら情報を集めても、“知っている”ことと“理解している”ことは違う。
本作に登場するものが、どこか見覚えがあるのに妙に歪んでいるのも、この話と繋がっているように見えます。
では、いったい誰が、何を材料にそれらを作っているのか。
4、怪物クラーク=抜け出せない自分
バックルームズで再び姿を見せたクラークは、なぜか数体の奇妙な生き物と普通に暮らしています。そこへ現れるのが、3メートルはありそうな巨大クラーク。
しかも”通常”のクラークではなく、家具屋のCMで本人が着ていた海賊のコスチューム姿。顔もクラークそっくりなのに、目はギョロっと大きく、人形のようにデフォルメされています。
この時点で「なんでその姿…(・ω・)」なんですが、クラーク本人はほとんど怖がっていません。
むしろ巨大な自分を受け入れ、メアリーに「俺たちは変わらなくていいんだ」と、自分からループに留まることを選んでしまう。
その結果、“自分自身のような何か”に食われてしまう皮肉。
巨大クラークは単なる怪物ではなく、クラークが最後まで抜け出せなかった“自分そのもの”にも見えました。
メアリーもまた部屋から出られない
一方で、カウンセラーのメアリーにも、幼少期の大きな傷があります。
母親は「外には何かがいる」と家中の窓を塞ぎ、幼いメアリーを外へ出そうとしませんでした。
大人になったメアリーはカウンセラーとなり、今度は他人に「同じ道を繰り返さないように」と助言する側になります。
…でも実はよく考えると、本作に出てくる“部屋”はすべて、人を閉じ込める場所になっているんですよね。
「メアリーの幼少期の家」→ 母親によって外へ出られない。
「カウンセリングルーム」→ クラークが自分の内面を延々反復する。
「家具店」→ 客も来ず、妻に追い出されたクラークが寝泊まりしている。ある意味、人生の行き止まり。
「バックルームズ」→ 文字どおり出口の分からない空間。
またメアリーは、ようやくバックルームズから逃げ出したと思ったら、今度は謎の施設の一室に座らされ、”研究員”から質問を受けることになります。
場所は変わっても、また部屋の中。
人は同じ思考をぐるぐる回る―という冒頭の話は、いつの間にか文字どおり「部屋から部屋へ移り続ける」物語になっていました。
5、実は“記憶”を作り直していた!
怪物クラークに食われそうになった直前、メアリーは異空間から逃げ、壁の隙間を抜けた先でようやく人間と遭遇します。
そこで連れていかれるのが、謎の組織であるAsync社。
研究員のフィルは、メアリーが家具店からこの場所へ入り、クラークを探していたことまで知っていました……なぜならこの会社は、以前からバックルームズを発見し、内部にカメラを設置して研究していたのです。
しかも分かったのは、ただ地下に巨大な迷路が広がっていたという話ではなく、この空間では「人が見た場所や人物が“不完全な形”で再現」されていたのです。
見覚えがあるのに形がおかしい部屋。妙な角度の床。家具。看板…。そして、人間そっくりなのに明らかに何かがおかしい怪物クラーク。
バックルームズは本物をそのままコピーしているのではなく、人間の記憶を材料にして、もう1度作り直していたらしいのです。
Async社はMRI装置を扱っていた会社
さらにAsync社が、もともとはMRI装置を扱っていた会社だったという。MRIは物をコピーする機械ではなく、対象の内部情報を読み取り、それを画像として再構成する機器。
人間から情報を拾い、それを別の“像”として作り出す。バックルームズの性質と、どこか似ているんですよね…。
そこで先ほどの「犬」の話が戻ってきます。犬を1度も見たことがない者に、犬についての情報だけをいくら与えても、本物の犬は描けない。
バックルームズも同じ。情報は持っているが、本物を“理解”しているわけではない。
だからクラークの顔も、CMで着ていた衣装も知っているのに、完成したのは3メートルのギョロ目クラークww
あの意味不明すぎる怪物にも、ちゃんと意味があったのだという(・ω・)
メアリーの過去までコピーされる
そして、さらにゾッとするのがメアリーです。
冒頭、幼少期のメアリーが母親とある建設予定地にいる場面が登場します。
ところが後半、その場所にあった看板らしきものや、メアリーの幼少期を思わせる景色までバックルームズの中に現れる。
私は最初、「…メアリーの家の地下と家具店の地下が、物理的につながっていたのか!?」と思いました。
カメラも実家から地下へ、さらに地下へと潜っていくような見せ方だったので、完全にそう見えたんですよね。…でもどうやら違う。
あれもまた、メアリーの記憶がバックルームズの中へ再現されたのでしょうね。
病んでいた母によって「外には恐ろしい何かがいる」「家から出てはいけない」と刷り込まれたメアリーの記憶が、今度は本当に“外へ出られない場所”として彼女の前に現れる。
これがなんとも恐ろしいんですよね。
しかも最後には、Async社の部屋までバックルームズ側に再現され、そこにはメアリーらしきコピーが残されています。
クラークが自分の歪んだコピーに食われたように、メアリーもまた、自分の記憶や過去をこの場所に残してしまったのかもしれません。
すべての”怪異”はルールで繋がっていた
人は同じ思考を繰り返すーー。バックルームズもまた、人間の記憶を拾い、繰り返し、不完全に作り直していく。
冒頭のカウンセリングから、犬の話、怪物クラーク、メアリーの幼少期まで、全部ここにつながっていたんですね。
観ている最中は「何なんだこの映画…」だったのに、整理してみたら思った以上に脚本がちゃんとしていました(・ω・)
正体そのものは最後まで完全には分かりません。でも、何でもありの投げっぱなしではなく、「記憶」「反復」「抜け出せない自分」というルールはかなり見えてきます。
意味不明なのに、ちゃんと考える材料は全部置いてある。この絶妙さこそが本作の最もおいしいところでした。
若干二十歳の監督には、今後もめっちゃ期待してます!

