
ジャケットや予告の雰囲気から、砂漠×音楽×失踪ミステリー的な作品を想像していたら、とんでもない方向から殴られました(・ω・)まさかの超絶鬱映画。しかも、わざとらしく悲劇を盛るのではなく、あまりにも唐突に、自然な流れで地獄へ連れていかれるタイプです。今回は『シラート』のラストや娘の失踪、地雷原の意味まで、ネタバレありで考察していきます。
作品データ
【製作年度】2025年
【製作国】スペイン・フランス
【上映時間】115分
【監督】オリベル・ラシェ
【キャスト】セルジ・ロペス
ブルーノ・ヌニェス・アルホナ ほか
あらすじ
失踪した娘を探す父ルイスは、息子とともに砂漠のレイブ会場へ。娘が次の会場にいると聞き、レイバーたちに同行するが、その旅は想像を絶する地獄へ変わっていく。
年齢制限は?
PG12なので、12歳以下の方は保護者同伴が望ましいとされます。
どこで見れる?
6月5日(金)より劇場公開中
(※ 鑑賞時にご確認ください)
レビュー・考察【ネタバレあり】
1、娘探しのはずが地獄行き
アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞にノミネートされ、界隈では話題になっていた本作。……が、予告やジャケットから想像するような話ではありませんでした…。
まさか、ここまでの超絶・鬱作品だったとはーー。
本作の入り口になっている「レイブ」とは、野外や倉庫などで、大音量の音楽に合わせて長時間踊る音楽イベントのことで、一見するとかなり自由で、少しチャラくも見える祝祭空間です。
踊り続ける人々、砂漠の非日常感。
正直、最初は「娘、こういうところに来ていたのか…(・ω・)」くらいの距離感で見ていました。娘、どこ行ったんや…?なミステリー寄りの話なのかなと。
ところが、まさかの……娘の失踪、ほぼ回収されません。
娘の失踪は、物語上の“目的地”ではなく、父を地獄の道に踏み込ませるための導線にすぎなかったんですね。
実際は、“娘を探す話”ではなく、探しに来た人間が世界の底まで落ちていく話なのです……。
「予測不能」は本当にその通り
しかも、上手いのが本作の売り方。いかにも「胸くそ鬱映画です!」みたいに売られてたら、こっちも防具つけて行きますよね?
でも『シラート』は、ちょっとアート寄り・音楽寄り・ミステリー寄りっぽい顔で近づいてきて、急に”崖から突き落とされる”ので、その外傷がデカすぎました……。
ネットなどで低評価の方のレビューを見てみると「つまらない」じゃなくて「聞いてない。こんな映画だと思ってない。メンタル返せ」なコメントもw
なので、私のように鬱映画好きの人間からすれば「……やられた!」になりますが、そういう嗜好でない方が見れば「……は?」となるのも分かります。
…ただ、1つだけ事前情報通りだったのは、物語が「予測不能」だったこと。この流れは本当〜〜〜に、読めませんでした。
音の映画としての恐怖
本作のジャケットにも衝撃の映画体験とありますが、まさに音で体を追い込んでくる、音を浴びる映画でもあります。
冒頭から10分くらいは、セリフもほぼなく大音量でのレイブシーンから始まるのですが、ちょっと心臓が痛くなるくらいの圧でした。笑
『シラート』とタイトルが入るタイミングも、カッコよくてシビれます。
レイブの重低音、車の振動、砂漠の無音、爆発の唐突さ。観てるというより、体に食らっている感じです。
さらに彼らが向かった先には、戦争の傷跡としての地雷原が広がっている。
自由な音楽と祝祭の空気が、いつの間にか国境や戦争の気配とつながっていく……このギャップこそ、本作の恐ろしさでした。
2、赤の他人が家族以上の関係性に
主人公ルイスは、息子のエステバンとレイブ会場で娘のチラシを配り歩くものの、なかなか情報が得られません。
やがて、あるグループから「モーリタニア付近でもレイブがあるから、そこにいるかもしれない」と聞き、最初は彼らの車を勝手に追うような形で後をつけ、そのまま同行する流れになっていきます。
グループのメンバーたちは、同じ音楽や旅、レイブ文化でつながった仲間たちであり、いわば“選んだ家族”のような共同体。
最初は正直、どういう関係なのかよくわかりませんでした…恋人なのか、友人なのか、ただの旅仲間なのか。映画もそこを丁寧には説明しないんですよね。
でも、むしろそれがリアルでした。ルイスたちから見れば、彼らは当日まで赤の他人。
こんなことに巻き込まれなければ、おそらく出会うことさえなかった人たち。
極限で生まれる絆
ルイスと彼らグループ双方に飼い犬がいたことや、エステバンを楽しめませてくれるメンバーたち…。道中を共に進むうちに、彼らはただの同行者ではなくなっていきます。
…しかし、本作の残酷なところは、そんな絆が温かく育ってきた矢先に、容赦なく地面ごと崩してくる…こちらのメンタルを、静かにではなく重機で潰しにかかってきます。
“娘を探す旅”が、“別の家族みたいなものを得たと思いきや、失っていく旅”になる。
そこがまた、どうしようもなくしんどいんですよね(;ω;)
3、唐突すぎる息子の死
本作で最も「え……?」となったのが、ルイスの息子エステバンの死。しかも、映画的な“見せ場”として死が来るのではなく、事故として突然来る。
これは、観客を単にどん底へ叩き落としたいだけの悪趣味な演出などではなく、むしろ逆に、死が訪れる瞬間の理不尽なあっけなさをかなり冷たく見せているんですよね。
いわゆる鬱映画では、人は物語の中で意味のあるタイミングで死ぬことが多いですが、現実ではたぶん違う…。
心の準備もなく、伏線もなく、本人の覚悟もなく、周囲が理解する前に「そのとき」だけが先に来る。
普通なら息子の死って、それだけで物語の核になるほどの大事件。ましてや、娘を探している道中だというのに、ここへ息子の喪失まで重なる。
しかし凄いのは、この悲劇がまだ序章なことー。
ダンスの先にあった地雷
ようやく息子の死からわずかに時間が経ち、残されたメンバーたちは砂漠にスピーカーを用意し、再び音楽を鳴らすー。砂漠で踊る彼らは、一見すると現実逃避しているようにも。
けれどそのダンスは、崩れていく世界の中で自分を保つための祈りのようにも、また息子の喪失をかき消すためにも思えました。
踊ることで、悲しみを外へ逃がす。ルイス自身も、押し殺していた思いを踊りにぶつけ、ようやく少しだけ感情を発散しようとしていたように見えます。しかし、その矢先でした…。
突如、メンバーのひとりが爆発音とともに吹き飛びます。
一瞬、何が起きたのかわかりません。観ているこちらも、残されたメンバーたちも「え……?」という状態。
彼女は、地雷を踏んだのです。
ここから始まる「追い鬱」
この場所は、モロッコ南部からモーリタニア方面にかけて残る、西サハラ周辺の紛争の傷跡を思わせる地雷原だったのです。
さらに恐ろしいのは、吹き飛んだメンバーの元へ向かおうとした別の仲間まで、爆発に巻き込まれてしまうー。ここで一気に2人が命を落とします。
さっきまで一緒に踊っていた人が、次の瞬間にはいなくなる。
息子の死だけでも十分すぎるほど重かったのに、本作はそこからさらに、あまりにも唐突な死を重ねてくる。
しかも地雷に阻まれた残りの4人は、身動きすら取れません。
いよいよ打つ手がなくなったその時、ルイスは突然、一直線に歩き出します。なんの確証もない。安全な道が見えているわけでもない。
それでも彼は、まるで迷いを失ったかのように、地雷原の中へ足を踏み出すのです。
4、なぜ主人公は地雷原を歩けたのか
突然、1人で地雷原の中を歩き出したルイス。
いや、なんで?なんの確証があって!?……と、観ているこちらは完全に置いていかれます。しかも不思議なのは、ルイスが歩いた道を、別のメンバーが同じように進もうとしたら爆発してしまうこと。
つまり、彼が“正解のルート”を見つけたわけではない。地雷の場所を読んだわけでも、特別な攻略法があったわけでもない。
本人は「無心で歩いた、それだけ」というように答えますが、それは勇敢だったというより、もう生きることに執着がなかったからーー。
娘は見つからない。息子も目の前で失う。仲間たちも次々と消えていく…。
あれは、助かりたい人の歩き方ではなく、もう何も怖いものがない人の歩き方。ルイスは“正しく歩いた”から助かったのではなく、ただ、あの瞬間だけ死に選ばれなかった。
その理不尽さこそが、本作の残酷さなのだと思います。
また、残りのメンバーが犬を抱きながら地雷原を歩く場面は、映画史に残るほどの心臓に悪いシーンで、本当に疲れました…。そして鑑賞し終わった後、自身の膝と股関節?が痛いという謎の現象が。
シラートという細い道
そして、この地雷原の場面を考えるうえで外せないのが、タイトルの『シラート』です。
シラートとは、地獄の上に架かる細い橋を意味する言葉なんだそう。渡り切れば天国へ、踏み外せば地獄へ落ちるというそのイメージは、まさに本作の地雷原そのものにも重なります。
同じ場所を歩いたはずなのに、ある者は助かり、ある者は命を落とすー。
普通の映画なら、こういう場面には何かしらの突破口や伏線回収が用意されます。でも『シラート』は違う。
ルイスはただ歩いただけ。そして、たまたま生き残った。その「たまたま」が、あまりに重いのです。
5、生還は救いだったのか
ラストでは、ルイスと仲間2人がなんとか生き残るー。完全な全滅ではなく、一応、物語としては“生還”の形を取っています。
しかし、全員を死なせて終わる映画ではないところが、逆に本作の残酷なところ。
もし全滅していたら、悲劇はそこで閉じていたかもしれません。でも本作は、何人かを生き残らせる。
助かったことが救いではなく、むしろ新しい苦しみの始まりに連れていく。
生き残った者たちは、この先も死んだ者たちの記憶を抱えて歩かなければならない。ルイスに至っては、娘の失踪と息子の死、その両方を背負ったまま日常へ戻ることになります…。
『シラート』は、希望に見えるものが人をさらに深い場所へ連れていく映画でした。
次のレイブ会場、娘の手がかり、砂漠の道。そのどれもが救いに見えて、結果的には地獄へ進むための理由になってしまう。
ハッピーエンドではなく、全滅を免れただけのラスト。この後味の悪さこそ、本作がただのサバイバル映画では終わらない理由なのだと思います。
これまで数々の鬱映画を見てきた私ですが、こういったアプローチからの鬱映画は初めてで、新たな極上?鬱映画の誕生には嬉しくなりました(・ω・)


