
界隈では話題の『Chime』を鑑賞。黒沢清監督のブラックユーモアとしても堪能できましたし、空気感や設定はめちゃくちゃ好きでした。ただ、正直なところ「面白い」にたどり着く寸前で終わってしまったような未満感も。見せないから怖い。でも、見せなさすぎて物足りない…。この絶妙にモヤるバランスこそが、『Chime』という怪作の魅力でもあり、厄介なところでもあり(・ω・)
作品データ
【製作年度】2024年
【製作国】日本
【上映時間】45分
【監督】黒沢清
【キャスト】
吉岡睦雄、小日向星一 ほか
あらすじ
料理教室で講師として働いている松岡卓司。ある日のレッスン中に、生徒のひとりである田代一郎が「チャイムのような音で、誰かがメッセージを送ってきている」と不思議なことを言い出す。(映画.comより)
年齢制限は?
R15指定なので、15歳以下の方はご覧になれません。
どこで見れる?
現時点ではU-NEXTやAmazonプライムなどの一般的なサブスクでは配信されておらず、Roadsteadというプラットフォームでのみ視聴できます。
また私が調べた限りでは、Android TV専用アプリは確認できなかったため、大画面で見たい場合はPCをHDMI接続するのが確実かもしれません(※ 詳細はご確認を)
レンタル方法
私も最初は仕組みがよく分からず、「月額料金がかかるの?」「レンタル価格が450円〜10万円ってどういうこと…?」と戸惑いました。
実際には、メールアドレスでログインし、出品されているレンタル枠の中から価格と期間を選ぶ形式です。私が見たときは450円で7日間レンタルできる枠がありました(月額料金はかかりません)。
※ ただし、レンタル価格や期間は出品状況によって変わる可能性があります。決済前には、必ず合計金額・レンタル期間・視聴方法を確認してください。
Roadstead 公式サイト(←こちらから視聴できます)
レビュー・考察【ネタバレあり】
1、黒沢清の”不穏凝縮液”だった
現在、私が最も見たかった映画と言っても過言ではない黒沢清監督の『Chime』。
劇場公開時に見逃してしまったので、「まぁ、そのうちU-NEXTかアマプラあたりに来るだろう」と軽く構えていたのですが、待てど暮らせど気配なし…。
それどころか、配信されているのは”Roadstead”という、なかなか聞き慣れない特殊なプラットフォームのみ。若干の不安を抱えつつも?ついに我慢できず、先日鑑賞しました。
…いやぁ、面白い・つまらない以前に「見せなさすぎて、そもそも目的地に辿り着かない」という。しかも黒沢清って、もともと“説明しない怖さ”の人ですが、今回は45分なので余計に、
- え、そこ見せないの?
- その後どうなった?
- その人の中で何が起きた?
- チャイムって結局なんなの…!?
が全部、観客側に投げられますw
もはや映画というよりは、黒沢清の不穏濃縮液。CURE系の“感染する異常”だけを45分に煮詰めた、具材が一切見えない闇スープを飲んだような?感じです。
ただ、じゃあ面白くないんか!と聞かれると、そうでないのが黒沢清の凄いところでもありまして…。
「異形系ホラー」が好きな人はハマる
私は、一見すると人間なのに中身がなんだかおかしい、いわゆる”異形系ホラー”が大好きなんですが、本作『Chime』はまさにコレ。
日常の中に、突然「絶対に普通じゃない人」が混ざる感じ。
人物たちの顔つきや言動が、明確に怪物化してるわけでもないのに、もう人間としてのチャンネルがどこかズレてるんですよね…。
なのでラストで「うおおお、そういうことか!」という着地点までは行かなくとも?こんな設定が大好きで、とにかく”清”の不穏描写を浴びられれば満足なんだ!という方達にはしっかり刺さるかと思います。
ただ、その“刺さるけど、満たされきらない感じ”こそが、本作の厄介なところでもあり…。
何が起きたのか分からない。なぜそうなったのかも分からない……。『Chime』は、答えを提示する映画ではなく、不穏だけをこちらに感染させてくる映画なのだと思います。
2、登場人物、みんな変
主人公・松岡
料理教室の講師として働いているが、一流レストランへの転職を考えている。元々、全方向にややズレ気味。
例の”チャイム”が松岡にも聞こえてから、より一層おかしくなり、料理教室の生徒である菱田を殺害。また、真っ昼間に「あきらか遺体です」みたいな”荷物”を堂々と運んだりと、隠す気もゼロ。
料理教室の生徒・田代
物語の”発端”ともなる、「チャイムが聞こえる」という青年。松岡に「…気づきました?僕の脳みその中身が入れ替えられたのを。脳みその半分はまだ元のままなので、僕はなんとか正気を保っていられるのでしょう」と。
そして、その直後に「僕の頭の中にある”機械”を見せますよ…」と、自身の首に包丁を突き刺し、亡くなってしまう。
料理教室の生徒・菱田
料理教室での田代自害事件があり、生徒は菱田という女性1人に。
松岡に対し「丸鶏を調理するのが苦手」と。女性だし、そういうのはグロいよねうんうん、なんて思っていると、「いっそのこと生ならいいんだけど、中途半端に処理されているのが苦手なんですよね…」って、そっち(・ω・)?
その後もグダグダと文句を言う菱田に、松岡が突如包丁を突き立て、殺害。
松岡の妻
食事の途中におもむろに席を立ち、大量の空き缶が入ったゴミ袋を両手に庭へ。リサイクルボックスへと空き缶をジャラジャラ入れたり、空き缶を踏み潰したりと相当!うるさいのに、まったく意に介さず食事を続ける松岡と息子…。同様のことが、数回。
ゴミ捨て、今やらなきゃ死んじゃうかんじ…?
松岡の息子
食事の最中、突如笑い出す息子。しかしもちろん松岡と妻は、完全・ノーリアクション。
3、ブラックユーモアとしても成立
前章では、変な登場人物たちを紹介しましたが、裏を返せば、彼らのエピソードはどれもブラックユーモアとしても成立してしまうんですよね。そこがまた、“黒沢清”流。
例えば冒頭で、田代が「僕の脳みその中身が入れ替えられたんです…」に対し「なるほど。そうですか」と受け流す松岡w 怖がるでも驚くでもなく、ほぼ業務対応。
この異常を異常として処理しない感じが、なんとも黒沢清っぽい。
他の生徒たちの「田代さんって変わってますよね」に対しても「彼は何事もちょっとやりすぎてしまうところがある。それ以外は普通でしょう」と松岡。
ましてや、田代が自分の住所を聞き回っていたと知っても特に動じず「そこ流すんかい!」という違和感こそが、黒沢清ならではの乾いたユーモアなんですよね。
面接シーンがほぼコント
松岡が転職を考えているレストランでの面接シーンは、もはやコント。
面接官が何を望んでいるのかをまったく考えず、ただひたすら自慢話を饒舌に捲し立てるコミュニケーションの取れなさは、「あぁ。こういう人いるよなぁ…」が詰まってます。
自身が興味があることと無いことの差が、著しく激しい。それを裏付ける出来事として、もう1つ。
田代の自害があった日でさえ、その件ではなく、転職面接の話だけを妻にする松岡。彼の中では、田代事件<<<面接なんですよね。
怖い出来事が起きているはずなのに、誰もちゃんと怖がらない。その温度差こそが、本作をただのホラーではなく、奇妙なコントのようにも見せているのだと思います。
4、「チャイム」の正体
普通のホラー映画で、このテのストーリーならば
チャイムが聞こえる
→ その人が変になる
→ 異常が感染・拡大していく
みたいな見せ方になると思うんですよね?
でも本作はここが変わっていて、松岡も妻も息子も、そもそもがどこかズレている……おそらく、チャイムが鳴る以前から。
つまり、チャイムとは、もともと世界に潜んでいた異常を”表面化させるスイッチ音”だったのではないでしょうか。
チャイムが聞こえた人だけが異常者なのではなく、聞こえていない人たちも、すでに何かがおかしい世界。
また、そのズレ方は「ホラー的に分かりやすい異常」ではなく、日常生活の中にギリギリ混ざることが出来るくらいというのも、妙にリアル。
そもそも、正常と異常の線引きってどこ?この世界に“正常な人”なんてほとんどいないんじゃないの?という、黒沢監督の皮肉のようにも。
分かりやすく壊れた2人
田代は、チャイムが聞こえたことにより、自害。
松岡も、もともとあったズレや空虚さがチャイムによって一気に輪郭を持ち、覚醒。
だから菱田を殺したあとも、パニックになるでもなく、妙に淡々としていた。しかも真っ昼間に、いかにもな”荷物”を運ぶ……隠す気があるのかないのか分からない。
殺人という非日常が、これまでの日常の中に淡々とぶち込まれるような演出が、なんとも恐ろしかったりするのです。
5、徹底的に見せない恐怖
本作の恐怖演出は「見せない」を徹底しています。ここがなんとももどかしく、観客だけが“見せてもらえない”んですよね。
主人公たちは何かを見ている。でも、その視線の先だけは映さない。
特に、松岡が殺害したはずの菱田が、翌日に料理教室に”やって来た”シーン。
「菱田さん来てますよ…ほら!」の先に、誰も座っていない椅子がポツンとある画。これがもう、めちゃくちゃ怖い……。むしろ、何かが映っているより、怖い。
しかも椅子が向こう側を向いているのが、ついさっきまで「何か」がいたとも取れるような不気味さ…。
本作は45分と映画としての尺は短いですが、それでも恐怖の実体を映さず、不穏だけで45分引っ張るってやはり凄いです。
見せられる情報が少ない分、音、間、視線、構図、人物の反応だけで「そこに何かがいる」と思わせなきゃいけないわけですからね。
なのでずっと、観客は“見えていない場所”の方を怖がることになります。
見えないからこそ終わらない
本作は、チャイムの正体も、松岡に何が起きたのかも、ハッキリとは説明しません。ただ、それは投げっぱなしというより、観客の中に不穏だけを残すための終わり方だったようにも感じます。
もし原因や正体が明かされてしまえば、恐怖はそこで“理解できるもの”になってしまう。でも『Chime』は、最後まで分からないからこそ、見終わったあともこちらの中で鳴り続ける。
この映画にとって1番怖いのは、チャイムの正体そのものではなく、何が起きたのか分からないまま、日常だけが元に戻ったように見えてしまうことなのかもしれません。
見せなさすぎは、”余白”か”未満”かー
ただ、冒頭でも言ったように、“見せない恐怖”は本作最大の魅力である反面、ストーリーとしての物足りなさに影響しているようには思うんですよね。
見せないことで不気味さは増す。でも、見せないまま終わることで「もう少し踏み込んでほしかった」という未満感も残る…。面白さに到達する寸前で、幕を閉じられたような感覚があったのも事実。
『Chime』はまさに、椅子ひとつで恐怖を成立させる映画なのですが、同時に椅子ひとつで終わらせすぎる映画でもある葛藤…(・ω・)
このギリギリのラインを「余白」と取るか、「未満」と取るかで、本作の評価は分かれるかもしれませんね。


