
実話ベースの映画『入国審査』。ゴリゴリの社会派サスペンスを想像して見ると、ちょっと意外な方向に着地…。過激な尋問の連続に胃がキリキリしつつも、ブラックユーモアとしては妙にクセになる不条理映画でした。まさかのエンディングに呆れるか、思わず笑ってしまうかは、あなた次第(・ω・)…で、実際に”あんな質問”されることってあるの…。
作品データ
【製作年度】2023年
【製作国】スペイン
【上映時間】77分
【監督】アレハンドロ・ロハス
フアン・セバスティアン・バスケス
【キャスト】アルベルト・アンマン
ブルーナ・クッシ ほか
あらすじ
移住のためアメリカへやって来たカップルを待ち受ける入国審査での尋問の行方を緊迫感たっぷりに描いた、スペイン発の心理サスペンス。監督自身が脚本を手がけ、故郷ベネズエラからスペインに移住した際の実体験に着想を得て制作。スペインのバルセロナからニューヨークに降り立ったディエゴとエレナ。しかし入国審査でパスポートを確認した職員は2人を別室へ連れて行き、密室で拒否権なしの尋問が始まる。(映画.comより)
年齢制限は?
年齢制限はないので、どなたもご覧になれます。
どこで見れる?
8月1日(金)より、劇場公開中
レビュー ( 2025・08・02 )
1、身近に潜む恐怖?実話ベースの話
監督自身の体験をもとにした物語
『入国審査』は、監督自身が体験したエピソードをベースにした作品です。
ただし、実話に基づくのはこの“尋問された”という部分だけで、劇中のカップルや尋問内容、事件の経緯はほぼフィクションのよう。
「何も悪いことをしていないのに、突然別室に呼ばれて取り調べを受ける」という設定は、誰にでも起こり得る“身近な恐怖”として非常に興味をそそられますよね。
上映館数が少ないせいもあってか、場内は8割ほどのお客さんで埋まっていました。
物語の主人公は、スペイン出身のエレナと、ベネズエラ出身のディエゴという事実婚カップル。
スペインで一緒に暮らしていた2人は、エレナが移民ビザの抽選に当選したことをきっかけに、アメリカ移住を目指すことになります。
南米のベネズエラといえば、治安や経済の不安定さがニュースでも取り上げられる国なんだそう。「新天地で人生を送りたい」という思いは、誰にでも理解できるものです。
そして2人は、マイアミ行きの飛行機に乗るためニューヨークで乗り継ぐことに。
しかし、ここからが悪夢の始まりだった――。
アメリカに長期滞在し、就労や生活が自由にできる「永住権カード」のこと。抽選で当選すれば移民ビザとして発行され、将来的に市民権申請も可能。留学ビザや観光ビザとは違い、移住目的での入国が許されます。
乗り継ぎ先のNYで、まさかの“別室送り”
空港の入国審査は、多くの旅行者にとってちょっと緊張する場面。私も数少ないながらも、ドキドキした記憶があります。でも普通は、パスポートを見せて、簡単な質問に答えて終わりですよね。
ところが、エレナとディエゴは審査官に呼び止められ、突然、別室へ案内されてしまいます。
何もしていないのに、ほぼ“容疑者扱い”。
この「え、なんで?」という理不尽さが、序盤からしっかりと観客の不安を煽ってくるのです。物語のおよそ9割は尋問シーンとなっており、ここから、長くて屈辱的な尋問の地獄が始まることとなります…
2、屈辱の尋問、理不尽な胸くそ展開
ありえない質問の数々

別室に連れて行かれたエレナとディエゴは、複数の審査官から次々と尋問されます。最初は名前や滞在目的といった基本的な質問でしたが、徐々にエスカレート。
「なぜ”結婚”しない?」
「これまでの交際相手は?」
「”行為”の頻度は…?」
答えれば答えるほど、心を抉られるような屈辱感。さらに、ダンサーであるエレナに対し「どんなダンスか、ここで踊って見せてくれ」
拒めば威圧、応じても侮辱…。観ているこちらまで胃がキリキリしました…。
胸くそ感はあるけど、リアリティは薄め
尋問シーンは確かに胸くそですが、現実感はやや薄めです。
というのも、質問の内容があまりにも極端で、観ていて「いや、さすがにこんなこと聞かないだろ…」と、ツッコみたくなるレベル。
いくらなんでも、現実の入国審査では人権問題になりかねない行為。さらに「ダンスをここで踊れ」という要求は、もうほとんど映画的演出の域…。
実際の監督の体験は「屈辱的な尋問を受けた」ことのみで、質問の内容もカップルの設定も、ほぼフィクションだと明言されています。
なので、社会派ドキュメンタリー的な緊張感を期待して観ると「胸くそではあるけど、ちょっと作り物っぽい…」という感覚に陥るかもしれません。
※ここから先はネタバレします。
記事の最後にまとめてあります
3、衝撃の真相…でもちょっと拍子抜け
尋問の理由は“ディエゴの過去”にあった
長時間の屈辱的な尋問を耐え抜いた末、ようやく理由が明かされます。
審査官たちが疑っていたのは、ディエゴがグリーンカード目当てで結婚しようとしているのでは?という点でした。
実はディエゴには、エレナも知らなかった“婚約歴”があったのです。
しかもその相手とはネットで知り合い、1年間も交際していながら1度も会ったことがないという驚きの事実。
さらに、交際の時期はエレナとかぶっており、審査官たちは「偽装婚約→ビザ狙い」と判断したのでした。
まさかの結末に賛否
屈辱の尋問に耐え続けた末、最後に審査官がエレナに投げかけた質問は――
「(それでも)彼を愛しているか?」
諦めのような、仕方ないというような表情で「…愛してる」と答えるエレナ。
そして下された審判は、まさかの
『 ーアメリカへようこそ』
画面は暗転、皮肉たっぷりに「Congratulations!」の曲が流れ、映画は幕を閉じます。
胸くそは胸くそでしたし、せっかく心理サスペンスっぽい様相で盛り上がっていたのに…。真相が「ディエゴの過去のせい」というオチは、着地が弱くちょっと拍子抜けしました。
なんかこう、もっと不条理で、2人に同情してしまうような恐ろしい目に遭うんだと思っていたんですよね(まぁ、エレナからしたらこの上ない悪夢ですが)。
なので、理不尽な社会派サスペンスを期待していた人ほど、「え、フツーに男側の問題だったんかい…」と肩透かしを食うかもしれません。
4、恋人同士の崩壊がテーマ
入国審査はあくまで“舞台装置”?
映画全体を振り返ると、監督が本当に描きたかったのは「国家権力の理不尽さ」より「恋人同士の信頼崩壊」だったようにも思えます。
入国審査や尋問はあくまで舞台装置にすぎず、ストーリーの核は、過去の秘密を暴かれたディエゴと、それを知ったエレナの心情変化。
国家権力との心理戦というより「彼を信じられるか?」という人間関係のドラマに着地します。
胸くそ狙いは伝わるけれど…
ただ、その描き方があまりに極端で、胸くそ狙いが透けて見えるのも事実で…。尋問の内容は現実味が薄く、不快感だけを煽る質問が延々と続く印象。
結果として、観客が感じるのは「アメリカの入国審査こわっ!」と言うより、「この映画、ただカップルを壊したいだけでは…?」
社会派サスペンスとしての切れ味やテーマ性はあまり深掘りされず、人間関係の脆さを見せるためだけの胸くそ劇場になってしまった感も。
ブラックユーモアでもある
しかし、2人があれだけ精神をズタボロにされてからの「アメリカへようこそ!」は、さすがに笑うしかありません。
審査官たちの目的は、カップルの信頼を揺さぶって壊すこと。
そんな、精神的デスマッチを乗り越えた直後に押される“合格スタンプ”と、皮肉たっぷりのエンディング曲…って。
満場一致の「…うまくいくわけナイダロ(・ω・)」
この余韻と、徹底的なブラックユーモアこそが本作の味かもしれません。笑
ちなみに、エンディング曲が流れ始めた直後に数人が同時に席を立ち、それに続く人が結構いました。…確かに「何を見させられたんだ」感は納得。
5、不条理ドラマと割り切れば楽しめる
不快感と緊張感の連続
本作は、ほぼ全編が入国審査の別室での尋問シーン。
登場人物もほぼ2人+審査官たちだけという閉塞感のなかで、不快な質問や威圧的な態度が続くため、胃がキリキリする緊張感はたっぷり味わえます。
しかも本作、なんとも良心的な77分という上映時間。これは、私がこれまでに劇場で見た作品のなかでは最も短いかも…!?
不条理ホラーのような体験型サスペンスを味わいたい方はぜひ!
こちらはほぼ実話…と言うより、実話の方がひどい…
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