
公開初日からもはや”祭り”と化した本作は、歴代作品のなかでも特に監督の言いたいテーマをキャラがそのまんま代読する細田劇場。キャラクター名はすべて”細田守”で良かったのでは…。さらには、永遠のピュア少年・細田監督の趣味がダダ漏れなヒロイン像。…でも?嫌いになれない。監督の次回作もたぶん見にいきます(・ω・)
作品データ
【製作年度】2025年
【製作国】日本
【上映時間】111分
【監督】細田守
【声のキャスト】
芦田愛菜、岡田将生 ほか
あらすじ
父を殺して王位を奪った叔父クローディアスへの復讐に失敗した王女スカーレットは、「死者の国」で目を覚ます。そこは、略奪と暴力がはびこり、力のなき者や傷ついた者は「虚無」となって存在が消えてしまう世界だった。この地にクローディアスもいることを知ったスカーレットは、改めて復讐を胸に誓う。(映画.comより)
年齢制限は?
年齢制限はないので、どなたもご覧になれます。
どこで見れる?
レビュー・考察【ネタバレあり】
1、前半は期待以上だった
父を殺された王女スカーレットが敵討ちに挑むも、返り討ちに遭ってしまう。
目を覚ますと、そこは「死者の国」。ただし完全な死ではなく、この世界で再び命を落とせば本当に消えてしまうという、デスゲーム的なルールが敷かれています。
さらに、父を殺した叔父・クローディアも同じ世界にいる(ん?)。スカーレットは“果てしなき場所”を目指しながら、復讐の旅へ出ることになります。
正直、ここまでの設定だけ見るとかなり面白そうです。冒頭の映像や死者の国の世界観も含め、序盤だけなら「これは意外といけるのでは?」と思わせるものがありました。だからこそ、ここからの失速がかなり惜し買ったのですが…。
2、セリフで全部言っちゃう問題
本来、映画の構成というのは、物語 → キャラの体験 → 感情 → 言葉(結論)となることが多いです。
でも細田監督の作品に多いのが……
伝えたい結論(理想)
↓
その結論を喋るキャラクター
↓
それに合わせた展開が引っ張られる
なので観客からすると、
「なんで母親はこんなに娘のことを嫌ってるの?」
「空飛ぶ大きなドラゴンの説明は一切ないの…?」
「なんで突然踊り出すの…?」
映画としての感情の段階を踏まないので、ハテナだらけの状態で細田ワールドを引っ張り回されることとなります。
最大の冷めるポイント
- 「復讐しても意味はない」
- 「子供が死なない世界にする」
- 「武器を置いて話し合いましょう」
- 「あなたの分まで生きる!」
これらは本来、物語の中で観客自身に感じさせるべきテーマです。
でも本作では、キャラクターがそのままセリフとして口にしてしまうため、「感動する」より先に「え、全部言うんだ…」と冷めてしまう。
テーマが悪いのではなく、言葉として前に出すタイミングが早すぎるんですよね。
未見の方はこちらから視聴できます◎
3、壮大なのに中身が薄い
さらに本作は、先述した低評価の理由の他に、ストーリー展開の稚拙さも…。
- 複雑さ:ゼロ
- 伏線:ほぼゼロ
- ひねり:希薄
- オチ:……あった?
とにかく分かりやすいです。
ただ、分かりやすすぎて、大人には物足りない場面が続きます。
世界観に反してストーリーがやけに“小ぢんまり”まとまってしまい、そこからどこへも広がらない。
そもそも、なぜこの2人を出会わせた?
さらに惜しいのが、スカーレットと聖を出会わせた意味の薄さです。
16世紀デンマーク王女と現代日本の看護師という組み合わせ自体は面白いのに、異文化・異世界の衝突としてはほとんど掘り下げられない…。
せっかくの設定が、物語の深みに変わらないまま終わってしまうんですよね。
4、細田監督の理想の女性像
細田監督作品には、どうしても“永遠のピュア少年”感が残ります。前作『竜とそばかすの姫』の主人公もそうでしたが、“ピンクヘア × グラマー(重要)”は、監督が抱く理想女性像の最もストレートな投影なのでしょうね。
象徴的なのが水浴びシーン。美しい朝日に照らされる場面ではあるのですが、わざわざ胸元を強調するようなカット割りには「そこ、細田の目線やん(・ω・)」とツッコまずにはいられません。
しかもエンドロールでは、“細田セレクトええシーンカット集”のようにそこがしっかり拾われる。監督の中ではベストショットだったのかもしれませんが、「擁護できないよ、守…」。
5、ラスト30分で一気に崩れる…
「許し」が雑すぎる問題
本作は、父を殺された王女スカーレットが仇を追う復讐劇だったはず。ところがラスト直前、叔父クローディアが懺悔する場面で、スカーレットは「あなたを許します」と口にします。
……いや、待って。これは作戦なのか、本心なのか(!?)
復讐をやめる展開自体は分かります。むしろ物語の着地点としては王道。ただ問題なのは、そこに至るまでのスカーレットの葛藤や納得がほとんど描かれていないこと。
ここまで復讐の旅を続けてきた人物が、最後に「許す」へたどり着くなら、その心変わりの過程こそ見せてほしいところ。
なのに本作は、テーマに関わる最重要ポイントを「これでいいよね by 守」と急ピッチで幕引きしてしまう。ここで一気に、積み上がっていた許容ゲージが赤点へと振り切れました。
怒りのドラゴン代行サービス発動
さらに終盤で気になったのが、たびたび現れる巨大なドラゴン。
スカーレットが危機に陥るたびに現れ、敵を焼き払い、ピンチを救ってくれる存在。ビジュアル自体は迫力がありますし、登場シーンもワクワクはするのですが……「結局、アンタだれ?…」
父の無念なのか、スカーレットの怒りなのか、それとも死者の国そのものの力なのか。何かしら意味深に見せてはいるものの、物語の中でほぼスルー。
結果、重要な局面で都合よく現れては去っていく“怒りのドラゴン代行サービス”みたいに見えてしまうんですよね。
ここをもう少し、スカーレットの復讐心や父との関係に結びつけてくれていれば、ラストの「許し」にも説得力が出たはず。
でも本作では、ドラゴンもまた“意味ありげだけど深掘りされない要素”のひとつで終わってしまった印象です。
6、感動の押し売りラスト
「いい人」という属性だけはものすごくハッキリしている、”聖”というキャラクター。優しくて、平和的で、良心の象徴。ただ、それ以上のバックボーンが薄いため、スカーレットの恋愛相手として見るには情報が少なすぎます。
そして、そんな聖が敵の前で叫ぶのが、「みなさん!戦いはやめましょう!武器を置いて、話し合いましょう!」
いきなり道徳の教科書めいた説教が始まり、ここでも重要なことをセリフとしてキャラクターに代読させてしまう監督。
さらに終盤では、出自不明のおばばによる“誰が死んでいないでSHOW”が開幕。ここで判明するのが、スカーレットは生者、聖は死者ということ。
スカーレットが「私もここに残る!聖といる!」と言い出し、聖が「なら、聖を助けてあげて!」と返す流れは、正直かなり童話的。……ここまで来ると私も虚無で、あんまもう、感情とかなかったです(・ω・)
最後にキスで締めるのですが、これも監督の意向なので、すみません…(?)
監督は(たぶん)根っからのいい人
本作は、壮大な世界観に対して、監督の理想が(あまりに)まっすぐ出すぎた作品でした。
説教は直球、恋愛は薄味、プロセスより“答え”が先に置かれている。だからこそ「ひどい」「ついていけない」と言われる理由も分かります。
…ただ、不思議と嫌いにはなれないんですよね(?)
細田監督ってたぶん、私が手作りしたちょっと変なプレゼントを渡したとしても、めっちゃ良い笑顔で「ありがとう」とか言ってくれるような、根っからの素直でいい人なんだと思う(これは本心)。
映像には美しい瞬間もありましたし、芦田愛菜の声優も良かったと思います。
ただの失敗作として切り捨てるには、どこか憎めない…そんな不思議な後味が残る作品でした。なんだかんだ言いつつ、次回作もきっと見ます。細田監督(・ω・)
実はトラウマ怖いエピソードもある、冒険ファンタジー!
まさかのたべっ子どうぶつが映画化!しかも大人向け!?



